巡礼者の小道
イスラーム伝道、女性、ジェンダー論ーー新世代の中東女性たちへの愛の働きかけとキリスト教弁証
どんなに世が変わり、諸教会の教えが変わっても。ーー居場所を失いつつあるわが兄弟たちに捧げる詞
「宗教は嫌いだけど、イエスは好き。」ーー〈宗教〉vs〈イエス〉という二分法と現代マルキオン主義グノーシス思想についての考察
あなたはあなたの体以上の大切な存在。ーー若い女性のみなさんへ(by アンナ・S)【こころと体と服】
私たちプロテスタントの歴史観には欠陥があるのだろうか?ーー宣教学者ラルフ・D・ウィンター氏のBOBO理論に関する考察
神はご自身の民、ユダヤ人を拒まれたのだろうか?(by カリストス・ウェア府主教)
パウロにおけるイエス・キリストのピスティスの意義ーーロマ 3 : 22、26 ; ガラ 2 : 16 ; 3 : 22 ; フィリ 3 : 9 の釈義的考察(原口尚彰氏論文)【「イエス・キリストの信実」/主格的属格説】
“Faith” と “Faithfulness” (D・A・カーソン師)【「イエス・キリストを信じる信仰」/目的格的属格説】
新約聖書ガラテヤ書 2:16 およびローマ書 3:22 における "πίστις Ἰησοῦ Χριστοῦ"の日本語翻訳検証(関智征氏論文)【「イエス・キリストの信」/主格的属格説】
パウロ書簡における"πίστις Ἰησοῦ Χριστοῦ"(ピスティス イエスー クリストゥー)の諸解釈ーー主語的属格にとるか、目的語的属格にとるかを巡って【パウロの信仰義認論の解釈】
安定しない魂、揺らぐ世界、そして堅固なる岩
苦しみの中にある喜び(by ジョン・マクダフ)
「あなたの道を主にまかせ、思いわずらいを主にゆだねてごらんなさい。」ーー苦難の人パウル・ゲルハルトの信仰詩
条件性という風鈴
賛美フラ、宣教と文脈化、現代語訳、キリストと文化ーー東方正教会教師との対話を通して学んだこと
子どもの目から見たヘブル的ルーツ運動(HRM):脱会者家庭の子、ジェッセ君の証し
なぜホームスクーリングの親や教育関係者たちがヘブル的ルーツ運動(HRM)に巻き込まれているのか?ーーHRMの説伏プロセスを解析する。
最も偉大なる事は、人に勝つ事にあらず。(内村鑑三)
人生の目的は神を知るにある。(内村鑑三)
しかし物事には両面がある。ーー私がヘブル的ルーツ運動(HRM)には反対しつつも、そこで出されている問題提起(の一部)には共感/同情している理由
ユスティノスのストア哲学批判(水落健治氏、明治学院大学)【初代教会とギリシア哲学】
「捕われの獄」から「恵みの小道」に移されてーーヘブル的ルーツ運動(HRM)脱会者の証し
イスラム教徒に「伝道」する南欧のピースフルな犬やネコたち
いかにして惑わされ、いかにしてそこから救い出されたのかーー「ヘブル的ルーツ運動(HRM)」:ある脱会者の証言
コイネー・ギリシャ語復元版発音法と音のリズムーー言語の呼吸と語感
こんなに面白いギリシャ語の学び方があるんだ!ーー創造的で楽しい聖書ギリシャ語学習法
うちひしがれた者、失意の内にある者に注がれる優しいまなざし
天と地の出会う空間ーー聖所におけるキリスト者の敬拝(V・ウトレネフ、A・カストルスキーの信仰詩と歌)
歴史小説『チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱ーー迫害下に生きたスイス・アナバプテストの物語』後篇
歴史小説『チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱ーー迫害下に生きたスイス・アナバプテストの物語』前篇
人は自分の反発している対象からどれくらい自由なのでしょうか。
クリスチャンの礼拝と祈りはなんと奥が深いことでしょう!
全時代、全世界の聖徒たちと共に、「主の祈り」の広さ、長さ、高さ、深さを味わおう。
ゲルハルト・テルステーゲン信仰詩・書簡集
かしらの聖域
迷いと確信のはざまでーー迷子の祈り
聖なるコイノニアーー聖餐の神秘
正教ファンダメンタリズムについて(by ジョージ・E・ダマコプーロス、フォーダム大学歴史神学 正教研究所長)
‟高教会的” カルヴィニズムは可能か?ーーフィリップ・シャフ、ジョン・ネヴィンのマーサーズバーグ神学の試みに対する東方正教会の批評
〈オジサン〉たちも泣きたい時がある。ーー嘆きと受容の空間
宗教改革ーー「もしもあの時、、、」(by ピーター・J・ライトハート)
東と西ーー福音主義プロテスタントと東方正教会の対話を聞いて思ったこと。
典礼の交唱(アンティフォナ)ーー天の韻律のこだま(by トーマス・ハワード)
ユニークなクリスチャンのシンボル――パウロが生きた当時もなじみのない特異な慣習だった祈りのベール
なぜ司祭たちは、1コリント11:4、7の聖句に反し、典礼の時に頭にかぶり物を着けているのでしょうか?
聖なる時間を「見えるもの」にする典礼歌、キリストの受肉、そして天的なものに対する礼拝者の憧れ
たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。ーー変動と危機の中の信仰
寂しく貧しい魂の祈り、そして讃歌。
「聖書のみ」というプロテスタント教理は間違っているのだろうか?ーーロバート・アラカキ氏(東方正教会)とデイビッド・ロクサス氏(プロテスタント教会)のやり取りを読んで。
朝の讃歌ーーミラノの聖アンブロシウス(340-397)
ひとこと
鵜呑みにせず聖書を調べることを忘れずに 使徒17:11
そもそも、「救われる」とはどういうことですか。